順番前後シテ大変申シ訳アリマセン

先日、実家の家族で回転寿司に行った時のこと。
夕方でも、もうすでに待合は混み合っていた。ご案内は、当然のように機械になっていた。
来た順番や予約した順番に発券番号が呼ばれていく。
「358番ノ番号札ヲオ持チノカタ、受付マデオ越シクダサイ」
そういうアナウンスの合間に、時々、機械が謝る。
「順番前後シテ大変申シ訳アリマセン。365番ノ番号札ヲオ持チノカタ…」
機械が謝っている。この光景が私はとっても面白くて、その後しばらくニヤニヤしてしまった。
飲食店で順番が前後するときには、呼び出す際にひとまず謝る。普通、といえば普通なのだけれど。私もずっとバイトの時にはしてきたことだけれど。機械が謝るのは、どう考えても面白い。
なぜ機械が謝っているのか。
それは、そうプログラミングされているからであろう。”順番が前後した際にはことわりとして、順番前後シテ大変申シ訳アリマセン、という文字を発声する”
それは確かにそうなのだけれど。
では、「謝る」とは何か?
謝る、とは、申し訳なかったことや迷惑をかけたことを、悪かったと思ってわびること。
であるとしたら、あらかじめプログラミングされた「謝る」というものに意味などないような気がする。「謝る」というのは文字の羅列ではない。それでも、やはり建前として『順番前後シテ大変申シ訳アリマセン』には大きな意味があるのかもしれない。(待っている人のイライラ軽減とか)
回転寿司は、進化のスピードや効率化が凄まじく、ときどき行くと、とっても面白い。
”回転しているお寿司を選ぶ”というワクワク感はもう今はなくなり、レールは注文された品を迅速に席まで届けるツールに進化している。早い、どんどん来る、どんどん注文できる、好きなものを好きなだけ、それぞれが頼める。
私は毎回、”貝の出汁のなんちゃらうどん”のようなものばかり注文している。息子はハンバーグが乗った米やポテトを選び、その合間にアイスクリームをぶっ込んでくるが、さほど怒られることもなく、「好きなものを好きなだけ食べていいのが回転寿司!」と開き直っている。なんとなく、回転寿司ではある程度のことは許されてしまうような懐の広さがある。
エンターテイメントだ。
技術の発展が、本来の意味を通り越して、無意味になっているような物事に出会うと、とても楽しい。
カップに手書きでひと言書いていたコーヒーチェーンが、おそらくその時間を効率化するために、手書き文字のプリントシールを貼ってくれたときにも、とてもニヤニヤしてしまった。
手書き文字の量産プリントシールはもはや何の意味もないやん、とツッコんでしまいたくなるけれど。もしかしたら私にはわからない意味があるのかもしれない。
技術はどんどんと進化していて、効率化はどんどんと進み、それでも人間の心理はそんなに大きくは変化していない。そのギャップを埋めるための企業努力に健気さを感じる。
これからも、ときどき回転寿司にいっては感嘆するに違いない。おもしろい時代に生きられて、とっても嬉しい。







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