いろんな人が来る場所

街には、いろんな人がいる。駅前のお店にも、日々いろんな人が来る。

お客さんかお客さんじゃないか、という境界線もよくわからないまま仲良くなる人もいる。

一般社会で常識的にみれば、常識的ではなさそうな振る舞いも多々起こる。

「ここには本当にいろんな人が来るね〜」と(私は褒め言葉だと受け取っているけど)眉を顰める人もいる。

知らない人に話しかけられたりすることはもちろん、持参したお菓子を配ってくれる人がいたり、いきなりバナナをもらったりすることもある。

そうしたことが目の前で毎日起こっているから、それがここの”常識”なのかもしれない。

誰かにとっては”常識的ではなさそうな振る舞い”も、別の誰かにとっては気に留めることでもないようなことでもある。

相手のことを知らない状態であれば、びっくりしてしまうようなことも、相手のことを知れば受け止めやすくなる。

現に、私たちスタッフ側はどんな人がいても”変な人”とは思わない。

この人は、こういうことが好きな人。この人は、こういうテンションの人。この人は、初めてではわかりにくいけれど、こういう優しさを持っている人。この人は、こうされるのが苦手かもしれない。この人は、事故の後遺症で記憶をすることが苦手。この人は、ゆっくり喋ると伝わる。など。

知っていくと、それは”変”という言葉に集約されることなく、ただ単に”そうなっている”ということでしかない。

いつもみんなにお菓子を配ってくれる人がいて、急に「どうぞ!」と差し出されたら受け手側はびっくりしてしまうかもしれないけれど、それが彼にできる精一杯のコミュニケーションであり、社会と繋がるために一生懸命考えた方法なのだとしたら、私たちは見守りたい。(ただ、受け手側にとっての”受け取らない自由”ももちろんあって、断る、断られる、ということも率直に言えるような雰囲気が望ましい)

”相手を知る・知ろうとする”というのは、自分のためでもある。その引き出しが増えるにつれて、腹を立てるようなことが、世界から一つ消えていく。

自分の知らない世界を、自分の知らない価値観を、ひとつ増やしてくれる”変な人”がいたら、私はその人を知りたい。知っていくにつれて、その特徴は、唯一無二の魅力にだってなる。そうなったら、その人はもう”変な人”じゃない。ただ、そういう特徴がある、というだけのこと。

おそらく、一般的なお店とはずいぶんと異なる。

いろんな人がくる。それは、とても魅力的なことである。

(そもそも、変ってなんなんだ。人間なんて全員変なのに。)

2026年01月12日 | Posted in お店のこと, ブログ, 私の生き方 | | No Comments » 

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