相対的アイスコーヒー
「夏でも絶対ホットコーヒー!」というお客さんは、案外居る。その人の中の「絶対的美味しさ」はホットコーヒーのならではの風味や香りの中にあるかもしれない。(もしくは、冷たいものを摂取しないようにしているとか、その他の要因もあるかもしれない)
ただ、ときどき思う。物事には「相対」というものが必ず存在している。むちゃくちゃ暑い中で、カラカラに乾いた体に染み込む「美味しいアイスコーヒー」の威力はすごい。あの瞬間の爽快感は、周りの環境も相まってか、何にも代えがたい。寒い中で飲むホットコーヒーと、暑い日のキンキンのアイスコーヒーでは、幸福度は後者のほうが高くなるのではないか、というのは私個人の調査結果である。
舌で感じるだけではない、その他の情報も美味しさには影響している。
生きる上で、様々なことには「絶対」と「相対」が混在している。
調べると「絶対」とは他との比較対立を越えている、ということらしい。
反対に「相対」とはそれ単独にでなく、他と関係づけて捉えること。
自分に対して使う「絶対」は、まあ好きにしたらいいのだけれど。他人に対して使う「絶対」は、どうにも窮屈で、圧迫感があって、立ちはだかっているどころか詰め寄られてきているような錯覚すら覚える。「絶対におすすめ!」は、途方もないパワーを持っていて、ほとんどの可能性でそれを選びがちで、そこに若干の消耗と疲弊が生まれる。
「選ぶこと」に消耗する人もいれば、「詰め寄られること」に疲弊する人もいる。
うまく広告に乗せられてさらりと流れたい人もいれば、頑なに「流れないぞ!」と踏ん張っている人もいる。
いろんな人がいる。いろんな人が居るからこそ、自分と相手は違う、ということを早々に境界線で区切ることも出来るのだけれど。自分と相手は違う、ということを自覚しながら、「そっちの景色はどうですか?」と覗いてみることも出来るような気がする。壁みたいな高さの境界線はいらない。適切な距離さえあれば、それは線として十分機能する。
自分にとっての「疲弊すること」をいちいち敏感に察知して、なるべくなら距離を取ろうとすることは健全に生きることである。
えっと、何を言いたかったんだっけ。
そうそう。
相対的に夏のアイスコーヒーは絶対におすすめです。(まとめかた強引か)
今年のお盆は、お天気がなんとも読めない感じになりそうですね。天気やらの影響で営業日に変更がある場合、スマホで更新するためInstagramのストーリーを確認していただければと思います。13日はお休みの予定です。
Instagramアカウント/@streetcoffeeandbooks
ではでは、明日からも頑張りましょー♪
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